財運をアップする神社の紹介

初山宝林寺の金鳴石はこんな音を響かせました

佛殿を出て左手方向にすこし進むと

願掛け参拝する「龍文堂」があります

 

龍文坊大権現の額がありましたが

どのようなご由緒があるのか

わからなかったため

お寺のホームページhttp://www.oubaku.org/shosan/rekisi.html

を拝見して納得がいきました。

 

龍文というのはこちらのお寺を開かれた

独湛禅師の一番弟子だった方のようで

ある夜に、裏山に登ったきり

姿が見えなくなっていたのですが

その夜、

京都の大本山萬福寺で火事が起きたときに

「初山の龍文」と名乗る僧があらわれ

鎮火させたというようなエピソードが

あるようです。

それもあって、火事もなく何百年も

初山宝林寺が続いているのは龍文さまの

守護があるからと龍文堂を建てたという

経緯があるようで、もとは火伏せの神として

信仰の対象になっていたようです。

 

龍文堂のご利益としては

火除け・厄除け・開運祈願・家内安全・縁結び

交通安全・学業成就などオールマイティな

ご利益をもたらすものとして

いまも人々の信仰を集めているのだそうです

 

龍文堂の前には2本の大きな杉が

ちょうど神社の鳥居のように

そびえ立っているように見えるアングルがあります

こちらは

そのたたずまいがひとが寄り添うように

立っているように見えることから「夫婦杉」とも

言われているそうです。

 

龍文堂の右手に金鳴石はありました。

 

見た目はただの平べったい

石なのに叩くと、やや高めの金属音が鳴り渡る不思議な石

(よく見ると文字の一部はちょっと欠けているようでしたが 「支那金鳴石初山永宝」と彫り込まれている)

が祀られています

もっとも金鳴石の前には

なんということもない小石が並んでいるので

これでたたいても同じようにご利益は

あるみたいでした。

https://kaiun.bitartisan.net/wp-content/uploads/hourinji_kanenonaruisi1.mp4

金鳴る 金成る 祈願を込めまして

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財運をアップする神社の紹介

金のなる石(金鳴石)の初山宝林寺を訪ねキンキン祈願の音を響かせてきました

座禅で悟りをひらくのが特徴でもある禅宗では

臨済宗、曹洞宗についで3番目に多いと言われているの

が黄檗宗(おうばくしゅう)です

 

黄檗宗と言えば、お菓子や煮豆に使われる

おなじみの「いんげん豆」の名前の由来である

隠元(いんげん)禅師によって

創建された京都宇治にある萬福寺が大本山になります。

 

黄檗宗というのは唐の僧,黄檗(おうばく)という方が

修行の拠点であったお堂のある山を黄檗山と名付けて

から定まったもののようです。

 

日本の京都の萬福寺のお手本となった

中国福建省萬福寺を敬って古黄檗(萬福寺)という

呼び方もあるようです。

 

管理人はまだ訪れたことがないのですが、

中国の黄檗山萬福寺を模して、明朝様式の禅寺を

隠元禅師とともに渡来した職人さんたちが

つくったのが京都の萬福寺なので

中国風の伽藍たたずむ独特な風景だと言うことです。

 

今回訪れたのは

奥浜名湖のパワースポット

じつは

「お金の成る石」「宝くじが当たる石」として

知る人ぞ知ると言うことで隠れた参拝者の多い

初山(しょさん)宝林寺を参拝して、

珍しい金鳴石(金成る石)の響きを聞いてきました。

 

 

初山(しょさん)宝林寺創建の由来は

頂いたパンフレットによると

江戸時代の初期、寛文4年(1664年)に

旗本金指近藤家二代目当主・登之助貞用(さだもち)の

招きに応じて

先の隠元禅師に随行し日本に渡られた

明国の独湛(どくたん)禅師が開祖ということでした。

それ以降、

金指近藤・気賀近藤両家の菩提寺として

寺領百石を有し、黄檗宗の専門道場として

この地の黄檗文化の中心となって栄えていた

ということです。

立派な山門をくぐると

 

正面にある佛殿は国指定重要文化財だそうで

屋根の葺き方がよく見る日本の寺院のような

ものと違い、茅か杉板なのか区別は

建築に疎い管理人にはわからないのですが

かなり地味な色合い。

 

これが

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