座禅で悟りをひらくのが特徴でもある禅宗では
臨済宗、曹洞宗についで3番目に多いと言われているの
が黄檗宗(おうばくしゅう)です
黄檗宗と言えば、お菓子や煮豆に使われる
おなじみの「いんげん豆」の名前の由来である
隠元(いんげん)禅師によって
創建された京都宇治にある萬福寺が大本山になります。
黄檗宗というのは唐の僧,黄檗(おうばく)という方が
修行の拠点であったお堂のある山を黄檗山と名付けて
から定まったもののようです。
日本の京都の萬福寺のお手本となった
中国福建省萬福寺を敬って古黄檗(萬福寺)という
呼び方もあるようです。
管理人はまだ訪れたことがないのですが、
中国の黄檗山萬福寺を模して、明朝様式の禅寺を
隠元禅師とともに渡来した職人さんたちが
つくったのが京都の萬福寺なので
中国風の伽藍たたずむ独特な風景だと言うことです。
今回訪れたのは
奥浜名湖のパワースポット
じつは
「お金の成る石」「宝くじが当たる石」として
知る人ぞ知ると言うことで隠れた参拝者の多い
初山(しょさん)宝林寺を参拝して、
珍しい金鳴石(金成る石)の響きを聞いてきました。
初山(しょさん)宝林寺創建の由来は
頂いたパンフレットによると
江戸時代の初期、寛文4年(1664年)に
旗本金指近藤家二代目当主・登之助貞用(さだもち)の
招きに応じて
先の隠元禅師に随行し日本に渡られた
明国の独湛(どくたん)禅師が開祖ということでした。
それ以降、
金指近藤・気賀近藤両家の菩提寺として
寺領百石を有し、黄檗宗の専門道場として
この地の黄檗文化の中心となって栄えていた
ということです。
立派な山門をくぐると
正面にある佛殿は国指定重要文化財だそうで
屋根の葺き方がよく見る日本の寺院のような
ものと違い、茅か杉板なのか区別は
建築に疎い管理人にはわからないのですが
かなり地味な色合い。
これが
中国明朝風の建築様式を伝えている
貴重な建築物だそうです。
そう言われてみれば
禅宗のお寺の中に、こんな感じのものは
これまで見たことがなかったような気がしました。
中に入ると
正面には本釈迦三尊像(3体)
左右壇上には二十四天像が並んでいて
どれもかなり塗料がはげて風雪に耐えてきた
感がありました。
おもしろいことに、右手一番手前には
関羽帝の像が有り
ひょっとして
横浜の関帝廟に祀られている
あの「関羽」様と同じということなのでしょう
日本と中国の仏教に縁のある尊像が
左右に相対して
並んでいるのはなかなかエキゾチックです
山門をはいって右手側にある
寺務所であらかじめ
各色の貴石(パワーストーンなのか?)とお守り袋の
セットを販売しているので
好きなもの(色目)を直感でひとつ選んで購入し
境内の龍文堂にお参りをしてから
願い事をしたのち
購入した貴石で
金鳴石をたたくとその願いが叶うと
求めたお守り袋を入れてくださった紙袋には
書いてありました。
(お守り袋は黄金=黄色、白銀=白の2色あります)
では
いざ金鳴石にお目にかかりに参ります
初山宝林禅寺
〒431-1304
静岡県浜松市北区細江町中側65-2
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