財運をアップする神社の紹介

鎌倉散策を兼ねて銭洗弁財天宇賀福神社に御参りしてきました。

鎌倉散歩を兼ねて、いつもお参りさせていただいている

銭洗弁財天宇賀福神社にお参りに行ってきました。(ぜにあらいべんざいてんうがふくじんじゃ)

こちらは

神奈川県鎌倉市佐助にある神社で

関東地方では、単に「銭洗弁天」でも

通じるくらい知れ渡っています。

 

目的は、やはり湧き出る霊水で持参したお金(紙幣も)

を洗わしていただき、福縁が授かりますように

金運上昇をお願いすることでした。

 

せっかくですから、霊水で清めたお金が福銭となって

他のお金を引き寄せ、どんどん回っていくことで

金運があがることをイメージするといいと思います。

 

まずは湧水のある奥宮(洞窟)前の本社へお参りしてから

お金を洗います。

以前は、霊水で洗い清めたお金を財布の中に

入れたまま使わないようにして、

そこに他のお金を引き寄せようとしたのですが、

あるとき、お金が回るようにむしろ積極的に

使ったほうがいいとアドバイスを受けたことがあり

それからはそうしています。

効果のほどは、ご想像にお任せいたします。

 

ただ、自分は500円玉ができてからは、洗い清めたあとも

必ず1枚だけは福銭のタネ銭としてお財布にのこして

次のお参りの時に、お賽銭として収めさせていただいています。

これは、自分流の金運上昇のおまじないです。

 

こういった、金運・財運上昇を祈念する場合は

できるだけ毎月、あるいは毎年でもいいですが

定期的に通って、

●前回の御礼に参りました ●きょうもお参りできたことを感謝しております ●ご祭神のいやますのご発展をお祈り申し上げます

 

というように心のなかで唱えています。

銭洗いをするだけでも金運上昇を祈念している行為なわけですから

金運上昇お願いいたしますなどと、あえてお願いごとは

しないのが、自分流の参拝作法です。

 

境内のお茶屋さんによって、軽くビールをいただきました。

簡単な食事もとれて、レトロなところもいい気分。

 

店内には白蛇の写真が飾ってありました。

お店の方に伺うと

3匹ほどいるとのことで、からだは白く目は赤いという

姿で、もちろん神様のお使いとして大切にされているという

ことでした。

貴重なお姿をとらえたものなので、ご覧になると

いいことが起こるかもしれませんよ。

 

↓遠隔地の方は、駅近なコチラからの散策を↓

鎌倉駅東口出口徒歩約1分。鎌倉巡りに近くて便利

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運気を上げる神社の紹介

二荒山神社に参拝しながら日光東照宮にも行ってきました。
人が神になり守護するパワースポット

二荒山神社に参拝しながら

日光東照宮にも行ってきました。

 

日光東照宮にはご存知のように徳川家康が祀られています。

徳川家康は、1616年(元和2年)4月17日駿府城(いまの静岡県静岡市)で

75歳でなくなり、直ちに久能山に神葬されました。

 

徳川家康自身の遺言によって

一年後の1617年(元和3年)4月15日に遺骸は久能山から日光に移されました。

正遷宮という儀式は、その年の4月17日、二代将軍秀忠公をはじめ

公武参列のもと厳粛に行われ、東照社として鎮座することになりました。

 

1645年(正保2年)には宮号を賜ることになり、

東照宮と呼ばれるようになりました。

 

現在の主な社殿は、三代将軍徳川家光によって

1636年(寛永13年)に造替されたそうです

 

 

徳川家康は死の2週間前に次のように遺言したと

言い伝えられています。

 

「私が死んだら、まず、久能山に納め、神として祭るように。

葬式は増上寺で行い、三河の大樹寺に位牌を立てよ。

一周忌が過ぎたら、日光山に小さな堂を建てて勧進せよ。

関八州の鎮守となろう。」

 

先に天下統一を果たした

豊臣秀吉も死後は、京都の豊国神社に神として祀られ、

民衆に崇められていたので、徳川家康にも同じ思いがあったに違いありません。

 

また、知恵のあった家康は自分の死後、

将軍徳川秀忠の先祖は神様だと位置づけることで、

秀忠の地位を不動のものにするという策略を用いたのだと思われます。

 

中国には北極星を皇帝が天と交流するための

祭祀施設があり、

北極星こそ宇宙の中心であり、天帝とされ

その北極星をいただくものは天帝に選ばれしものという思想が伝わってきていたようです。

そのためか、

日光東照宮も北極星の位置を考えて作られたようです。

 

こちらは唐門

 

夜に日光東照宮に行って陽明門を見ると

ちょうど正面の真上に北極星が位置するそうです。

陰陽道の強い影響を受けて、日光東照宮は、

本殿前に設けられた陽明門とその前の鳥居を

中心に結んだ上空に北極星が位置するように設計されているといいます。

 

自らが、死後は神となり、徳川幕府の安泰と日本の平和を

いつまでも守り続けるという思想が家康の中に

あったのは間違いないと思われます。

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